高卒の思考

now is better

蓮舫氏の二重国籍疑惑の何が問題なのかわからない人へ

たとえば「ワシは年収2000万でっせ」と言って女を口説いている男がいたとする。

 

喜んで女が飛びついたが、実際に付き合ってみると何かおかしい。

 

それもそのはず、男の実際の年収は300万だったのだ。

 

女は「最初から正直に言ってよ!」と怒った。

 

しかし男はこう切り返した。

 

「男に年収を公開させるなんて年収差別だ!」

 

こういうことです。

 

追記:これ以上説明が必要、という人にはこの問題は永遠にわかりません

「文学部」は「役に立たない」と確信した

こんな記事が話題になっている

 

withnews.jp

 

一方でこんなブログもある

 

agora-web.jp

 

僕は哲学も文学も芸術も大好きだ。

 

プラトン、カント、ニーチェウィトゲンシュタインの主要な著作はすべて読んだ。

 

僕が敬愛する哲学者は、ソクラテスアダム・スミスニーチェウィトゲンシュタインフーコー、加えて構わないならキリストと釈迦も加えたい。

 

これらの哲学者には「問題そのものを問題とする」力がある。「問題そのものを問い直す力」というのだろうか。

 

モーパッサンフロベールが大好きで(どちらも全集を持っている)、好きな詩人は西脇順三郎だ。

 

これという好きな芸術家はいないが、美術館に足を運ぶのも大好きで、彫刻を勉強していたこともある。

 

それらの価値は1000年後だって揺らがないだろうと確信している。

 

ただ「お金をとって」「若い人たちを一箇所にあつめて」「誰も聞いていない講義」をすることに意味があるかと言えば、意味はないだろう。

 

もし「人生の岐路」のために「わざわざ一箇所に集まって退屈な講義を聞きにいく」のであれば「そんなものを仕事をしても身につくし、本を一冊読んでも身につくし、ボランティアしても身につくし、理系の学部でも身につく」と言いたい。

 

もしかしたら明治大正の頃は、本自体が貴重で、そうした貴重な資料に触れることができるのは文学部だけだったのかもしれない。

 

しかし今は違う。

 

実際、僕は高卒だが、上記の豊かな文学作品や芸術に触れることができる。

 

「文学部の危機」という「教授陣にとっての人生の岐路」なのに、この程度の事しか言えないのであれば、「なるほど文学部に行ってもこの程度なのだな」とむしろ役に立たなさを確信してしまった。

 

役に立つのは「文学」であって「文学部」ではない。

 

 

 

 

それだけでなく、SNSをやっていればわかるが文学系の教授は大抵左派だ。

 

たとえば、僕の弟は某有名私大の法学部だが、そこの教授もドがつく左派だ。(安倍首相とヒトラーを重ねたポスターを、生徒や保護者に見せつけるくらい)

 

左派が悪いのではなくって「そればっかり」なのが問題だ。

 

↓の記事でも書いたが、

 

rxpx.hateblo.jp

 

マスコミの左傾暴走は「仕方ない」では済まされないレベルになってきていると思う。

 

その原動力の一部が文学部だとしたら、それは「役に立たない」だけならいざしらず、社会的にはマイナスになるかもしれない。

 

もう一度断っておくがマスコミの左傾化や文学部の左傾化が悪いのではなく「そればっかり」なのが問題なのだ。

 

バランスの問題だ。

いや、さすがに今のマスコミはおかしい

加計学園の件、さすがに目に余るようになってきた。

 

マスコミが反権力したいのはまぁわかる。多少野党寄りなのも仕方ない。

 

ただ、今回の件はあまりにもおかしい。

 

和泉補佐官と加戸元知事、そして京産大の発言で前川氏が嘘をついている(とまでは言わなくとも過剰な「忖度」をしている)ことが明らかになった。

 

野党は結局「とりあえず新しく獣医学部作るのやめましょうよ」と「信頼できない」しか言えなくなった。

 

この二つの発言はそもそも、今回の件の本質とは無関係だ。

 

野党の追求の本質は「安倍首相が自分の友達に便宜を計ったか否か」であり、その証拠は何も出てこなかった。

 

獣医学部を新しく作るか」「他人を信頼するか否か」はただの個人の利益か感想でしかない。

 

その発言が出てきた時点で、この問題は完全に終わった。

 

 

現在の様子を見ていて思い出すのは、太平洋戦争だ。

 

当時も政権の支持率は軒並み低く、官僚(軍人)が支持されていた。

 

新聞は判断の鈍い政権を叩きまくり、官僚の判断を持ち上げまくっていた。

 

国民の多くはそれに踊らされ、軍部を熱狂的に支持した。

 

その結果が、アレである。

 

最初は「あぁいつものマスコミの発作ね」と思って眺めていたが、さすがに異常な感じがする。

 

戦時下のマスコミもこんな感じの「暴走」をしていたのかと思うと、薄ら寒くなった。